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R03北いわて・三陸地域活性化推進研究 「ベテラン縫製職人の就業機会創出に関する調査研究」PDF 研究代表者: 盛岡短期大学部 佐藤恭子 |
本研究は、県北地域の縫製企業でキャリアを積んだ縫製職人に対して退職後も安定した収入が得られる就業機会を創出することを目的に調査研究を行った。計画時点では、受注システムとしてインターネットのマッチングサイトの利用による調査を想定していたが、ヒアリング調査の結果、インターネットサイトの利用は難しいことが判明した。そこで県北・三陸地域の縫製工場等に幅広く出入りしている服飾資材会社(株)シラカワを仲介とするモデルを考案し試行した。発注者には新規発注者層となりうる独立系若手デザイナーに協力いただき、サンプル(量産前のプロトコル)縫製によるモデルの稼働具合を調査した。試行の結果、独立系若手デザイナー、ベテラン縫製職人および仲介者の三者にメリットがみられ運用の効果が期待できることが明らかになった。
多くの縫製企業が集約する県北地域では一般社団法人北いわてアパレル産業振興会やイワテメイドアパレルプロジェクトなどの取り組みによりアパレル産業の支援が行われてきた。しかし国内のアパレル産業事情は、被服等への消費支出額が年々減少傾向にあることや、新型コロナウイルスの感染拡大を受け在宅勤務が進んだことによりアパレル市場自体の縮小が進んでいる。そのため百貨店ブランドなどをかかえる大手アパレル企業をクライアントとする県北地域の縫製企業もまた大きな影響を受けているのが現状である。そのようななか縫製従事者の高齢化が進み定年退職年齢に到達するベテラン縫製職人も少なくない。高年齢者雇用安定法が改定され70歳までの就業機会確保の努力義務が定められた今、ベテラン縫製職人への就業機会の創出が求められる。本研究では、国内大手アパレルの需要が減少する現状を背景に、高い縫製技術をもつ縫製従事者のための就業機会創出について可能性を探ることを目的とし、調査を実施した。
① ベテラン縫製職人の就業状況に関するアンケート調査
県北・三陸地域に所在する縫製工場の退職年齢および退職後の雇用について縫製企業18社(北いわてアパレル産業振興会17社および㈲クラスター(宮古市))にアンケートを行った。うち15社からアンケートの返答をいただき、1社からは訪問ヒアリングで回答を得た。定年退職後の雇用については健康状態などを考慮しながら11社が雇用を延長していた。再雇用の理由として若手職人の不足が挙げられた。
② マッチングサイトの利用に関する調査
アパレル業界ではデジタルトランスフォーメーションが進み、今日では発注者と縫製職人を仲介してつなぐマッチングプラットフォームが出現している。退職年齢に達したベテラン縫製職人にマッチングプラットフォームの仕組みを説明し、その利用について意見を聴取した。ヒアリングは3名の職人に行ったが3名とも利用について消極的であった。
③ デザイナーと縫製職人を結ぶモデルの構築と試行
②の結果より、雇用創出の基盤となる受注システムに既存のインターネット上のマッチングプラットフォームを利用することは現実的ではないことが判明した。そこで、従来から県北地域の工場と関係のある服飾資材会社を仲介として、独立系の若手デザイナーとベテラン縫製職人をマッチングするモデルを考案した。新たに考案したモデルを図1に示す。

モデルの稼働具合を確認するため、3名の独立系若手デザイナーからのデザインを、服飾資材会社である㈱シラカワが、担当できるベテラン縫製職人(工場)を選定・依頼し、デザイナーの要望に応えるものを製作できるか、確認した。
発注者を独立系の若手デザイナーとしたのは、大手ブランドと百貨店が連携したビジネスモデルが時代遅れになった状況下で、新たなクライアント層を開拓するためである。なお今回の試行では、中・小ロット生産を前提としたサンプル縫製を行い、コート、ジャケットなどの重衣料からシャツ、パンツまで計10アイテムを製作することで、デザイナーの要望するものを製作できるか確認した。
本研究は、退職年齢に達する縫製職人の就業機会の創出を図るべく、当初インターネットによる受注システムの活用を想定し調査を実施した。調査前半においてインターネットによる受注システムの問題点があきらかになったため、活用する受注システムを独自に構築し調査を継続した。調査結果は以下のとおりである。
県北・三陸地域のベテラン縫製職人は、退職年齢に達しても、再雇用や勤務元の縫製企業からの仕事を請けて活躍している職人が少なくない。退職後の再雇用者とは、時間制限や仕事内容を限定しながら雇用関係を継続している職人である。若手が定着しないことによる人手不足という問題が背景にはあるものの、県北・三陸地域の縫製企業の多くが高年齢者の就業機会確保に既に取り組んでいるといえる。再雇用者は、再雇用前と同様にライン生産の分担部分を担当する他、熟練した技術を要する手作業の工程などに配置されていた。
一方で、退職後に独立して、縫製企業から仕事を請けて製作する退職者については、自由な受注関係にあるものの発注元となる縫製企業はアパレル企業や業界の影響を受けやすいため、持続的な就業機会が確保できているとは言い難い状況であった。また工場に働くベテラン縫製職人は大きく分けて、1着を仕上げられる職人とライン生産による分担作業専門の職人の2タイプがいる。前者はサンプル縫製(新しいデザインのプロトコル)を完成させる技術を持っており、独立しても仕事を請けられる職人である。
インターネットによる受注システムの利用の可能性について退職年齢に達する3名の職人に調査したところ、いずれの回答においても利用しないとの回答を得た。理由としては「信用できるか不安」、「コミュニケーションの不安」、「現在既に抱えている仕事で手一杯であり、インターネットを使うのもたいへん」などが挙げられた。縫製業においては技術に対する価格設定が定められておらず、信頼できる関係性と安心なコミュニケーションが担保できないと契約するのは難しい。支払いに関しても同様のことが言える。信頼関係の築かれていない相手との製作におけるコミュニケーションもまたベテラン職人にとっては懸念材料となる。加えて職人自身にインターネット操作を新たに取入れてもらうことは、現在受けている仕事の妨げにもなってしまう。
以上のアンケートおよびヒアリング結果より、新たに考案したマッチングモデルが稼働するか試行した結果、以下の事が明らかとなった。
① 独系若手デザイナーの縫製会社確保
多くの縫製工場は、大手アパレル企業からの発注を受けて製造しており、出入りの服飾資材会社などの紹介がない限り、「信用」という観点から飛び入りの注文を受け入れない。それ故、縫製工場との関係を築けていない独立系若手デザイナーにとって信頼できる縫製を確保するのは難しい。
② 職人の選定
県北地域のアパレル産業の特徴は、高級ジャケット、フォーマルウェア、カジュアルウェア、スポーツ衣料、武道着など、多様な衣類を縫製する企業が集積していることである。㈱シラカワは網羅的に縫製工場・個人事業所と取引があり、デザイナーの要望に対応できる工場・職人を熟知している。またこれまでも業務としてデザイナーから依頼をうけて縫製企業・職人を紹介していたことから、デザイナーの要望、製作アイテム、使用素材が明確になった時点で縫製工場・職人の紹介は容易に行われた。
③ 縫製仕様書・パターンおよび絵図の準備
量産の製品を発注する場合、縫製仕様書や工業用パターンは必要不可欠である。大手のアパレルメーカーはそれぞれ専門部署を持っているため問題のないが、独立系若手デザイナーの場合、デザインだけでなく工業用パターンや、縫製仕様書が作成できるデザイナーもいるが、デザインだけと言うデザイナーも少なくない。今回の試行においても縫製作業に入る段階で、縫製仕様書やパターンの手配が必要であることが明らかになった。加えてパターンの組み合わせが複雑な場合は、職人が理解しやすいように絵図やトワルがあった方が良いこともわかった。縫製仕様書と絵図の例を図2に示す。

④ 職人―デザイナー間のコミュニケーション
職人とデザイナーのコミュニケーションは、電話の話し合いで十分に取ることができた。職人側はデザイナーの要望を聞く姿勢を常に取っており、形を重要視するのか、縫製の詳細までこだわるのかなど様々な要望に柔軟に対応している様子がうかがえた。技術を良く知る職人側から提案することもしばしばあった。服作りにおいて素材の特性や扱い方は多様であり、縫製技法も無数にある。今回対応したベテラン縫製職人から若手デザイナーへ向けて、たくさんの縫製技術を見て欲しいとのコメントもあった。
⑤ その他
若手デザイナーが製作したいアイテムとベテラン縫製職人の技術とのマッチング、パターン製作や縫製仕様書の手配、適正な縫製価格決定などは、インターネットのマッチングサイトでは難しい問題である。しかし、㈱シラカワのような歴史ある服飾資材会社は、パターンナーや縫製仕様書を製作する人など、縫製に関係する幅広い人脈を持っており、また、過去の経験から適正な縫製価格も熟知している。それ故、彼らが仲介者となることで生産業務がスムーズに回ることを確認できた。また、仲介者である(株)シラカワにとっても服飾資材を提供できることから、売上が伸びる可能性がある。
今回は独立系若手デザイナーに協力いただき、考案したモデル案を試行した結果、初めてのマッチングであるにもかかわらず、縫製技術的には全く問題なく製作できた。今後は本モデルを幅広く若手デザイナーに周知していきたい。
高橋宏輔, 本県のアパレル産業の現状と展望, 岩手経済研究, 2021年, 4月号(No.461), p.4-15
本調査においてモデル構築に多大なご協力をいただきました㈱シラカワ盛岡支所長小谷地忠志様、プランタンいずみ 代表取締役社長寿松木亨様、アトリエプレタ岩崎様、東京ドレス研究所様、fugitif homme土田紘様、㈱crimateE泉恭平様、SANSAROSE紺野英樹様に深く感謝申し上げます。また、現状調査およびアンケートにご協力いただきました㈱岩手モリヤ代表取締役社長 森奥信孝様、アトリエライズ 齋藤様、県北・三陸地域の縫製企業の縫製企業の皆様には、ご多用のなかご対応いただきましたこと厚くお礼申し上げます。