R07北いわて地域活性化推進研究
2025年度_北いわて地域活性化推進研究_研究成果報告書_伊藤先生.pdf (335.72 KB)
研究代表者
ソフトウェア情報学部:伊藤 史人
共同研究者
- なし
要旨
本研究では、岩手県北地域における重度障害児の孤立解消と地域活性化を目指すプロジェクトである。視線入力に加え、新たに「心拍等の生体情報」を用いた入力装置を開発することで、既存技術では参加が困難だった層も含め、誰もが「同じ土俵」で交流できるインクルーシブなeスポーツ環境を構築した。イベントを通じた住民の障害理解促進により、多様性を尊重し、誰もが参画できる地域社会モデルの確立を目的とした。
1 研究の概要(背景・目的等)
北いわて等の過疎地域には多くの障害児が暮らしているが、地元の学校への入学が叶わず遠方の特別支援学校へ通うケースも多く、地域住民との交流機会が極端に制限されている。また、家族が周囲の視線を気にして交流に後ろ向きになり孤立する傾向もあり、住民の障害への理解不足が地域のインクルーシブな発展を妨げる要因となっている。
代表者はこれまで視線入力システム「EyeMoT」等を用いて障害児の社会参加を支援してきたが、視線やスイッチ入力すら困難な層への対応は依然として不十分である[1]。そこで本研究では、心拍等の生体情報を利用する革新的な入力装置を開発し、障害の程度にかかわらず誰もが公平かつ積極的にゲームに参加できる環境を構築することを目的とした。
本プロジェクトを通じて、障害児の存在を可視化し、地域コミュニティの結束を強めることで、過疎地域の活力を高める。また、先端技術を地域の教育・福祉資源として導入することで、医学・福祉分野への波及効果も期待される。これは、障害者を包摂した誰もが暮らしやすい地域社会モデルとして重要な意義を持つものである。
2 研究の内容(方法・経過等)
本研究は、令和7年度の5月から翌年3月にかけて実施し、以下の5つのマイルストンに沿って進める。
第一に、久慈地方など沿岸部を中心に、これまで接点の少なかった特別支援学校やデイサービス等との協力関係を重点的に構築する。第二に、試作済みの心拍計測装置について、安定性と再設置性を向上させ、実用化を図る。第三に、既存の「EyeMoT」シリーズ等のゲームアプリに、心拍入力による操作機能を付加する改修を行い、広く公開する。第四に、これらの技術を活用したインクルーシブeスポーツイベントを北いわて地域の1箇所以上で実施する。イベントは10〜20名の参加を目標とし、開催前には住民向けの障害理解講習会を行うことで、心理的な壁を取り除き、円滑な相互交流をスタッフが仲介して促進する。第五に、客観的な効果検証を行う。技術面では重度障害児向けインタフェースとしての新規性を学会等で発表し、地域活性化の側面についてはアンケートやヒアリング調査を通じて住民の意識変革や満足度を評価する。
なお、生体情報を扱うため必要があれば倫理審査を経て実施し、適切なインフォームド・コンセントと匿名化による個人情報保護を徹底する。
3 研究の成果
直近1年間における代表者の活動は、重度障害児の社会参画を促進する「インクルーシブeスポーツ」の技術開発と、その成果を地域社会へ還元する普及活動の両輪で大きく進展した。
※高画質版はPDFをご覧ください
図 八幡平での「ハチエフ」イベント
技術開発の面では、視線入力やスイッチ入力すら困難な最重度の障害児を対象に、心拍等の生体情報を活用した新たな操作インタフェースの開発と実用化に注力した。特に、心拍の変化をトリガーとしてゲーム内動作を制御する「運動会」ゲームの開発は、重度の障害があっても自らの意志で競技に参加できる環境を構築する重要な一歩となった。これは、身体的制約によらず「誰もが主役になれる」eスポーツの可能性を技術的に裏付ける成果である[2]。
大規模イベントを通じた社会実装においては、2025年9月に岩手県八幡平市の安比リゾートセンターで開催されたバリアフリーeスポーツ大会「ハチエフ25(HACHIMANTAI 8 FIGHTS '25)」に参画した。2日間で約400名が参加した本大会では、格闘ゲーム等を通じた障害の有無を超えた交流が行われ、代表者はその場でのeスポーツを通じた直接的な交流やアクセシビリティの検証を行った[3]。
また、技術責任者として支援を継続している「ウルトラ・ユニバーサル野球」では、2025年9月に開催された全国大会において、岩手県からの参加者を含む「東北ブルーロック」チームが活躍を見せた。視線入力を用いて物理的なバットを遠隔操作するこの取り組みは、ICTを活用した新しいスポーツの形として、障害児の自己肯定感向上に大きく寄与している[4]。
図:視線入力サロン
地域・教育現場への普及活動としては、代表者が主宰する「ポランの広場」を通じた月1回の「視線入力サロン」において、当事者や家族へeスポーツのレクチャーを継続的に実施した。さらに、北いわて地域の特別支援学校教員やコメディカルスタッフを対象に、視線入力技術やICT活用の巡回講習を行い、現場での支援スキル向上を多角的に支援した
図 吉川英治文化賞受賞
ところで、これらの長年にわたる地道な貢献と、視線入力技術で障害者の希望を紡いできた功績が認められ、2026年3月には「第60回吉川英治文化賞」を受賞するに至った[5]。この受賞は、テクノロジーによる社会包摂の試みが文化的な価値として高く評価されたことを示している。本研究は、これら「技術開発」「社会実装」「人材育成」の確かな実績を基盤としており、北いわて地域における更なる活性化とインクルージョンの深化を実現するための継続的な挑戦である。
4 今後の具体的な展開
本研究の成果を普及させるため、地域内外で定期的なワークショップや報告会を開催するとともに、教育機関や福祉施設を対象とした研修会を通じて広く情報提供を行う。研究の進捗や成果については学術誌や学会で積極的に発表し、全国的な認知度向上と他地域でも導入可能なモデルとしての確立を図る。実施体制においては、行政、教育委員会、社会福祉協議会、特別支援学校等の関係機関と連携した持続可能な運営ネットワークを構築する。地域コミュニティが主体となる運営組織を形成し、研究期間終了後も地域が自律的にイベントを継続できるよう人材育成と体制整備を進める。技術面では、開発した装置やシステムの保守管理を地元のIT企業と協力して行う仕組みを構築し、運営の安定性を維持する。経済的持続性については、参加費や企業・団体からの協賛金・寄付金を確保する仕組みを作るほか、開発したゲームや装置のライセンス提供・販売による収益を活動財源として活用することを検討する。さらに、地域住民や家族からのフィードバックを継続的に収集して改善に繋げることで、地域のニーズに即したインクルーシブな社会参画モデルの全国展開を目指す。
5 その他(参考文献・謝辞等)
[1] 伊藤史人: 100%自分のチカラで描く重度障害児・者による視線入力アート : 65人の作品&人生ストーリー集, チーム愛もっと, 2024.
[2] スポーツ庁: eパラスポーツ等の推進に向けた事例集, 2025.
[3] 株式会社ePARA: ハチエフ25(HACHIMANTAI 8 FIGHTS '25)開催レポート, 2025.
[4] NPO法人ソーシャルアクションジャパン: 第3回ウルトラ・ユニバーサル野球大会 全国大会実施報告, 2025.
[5] 講談社: 第60回吉川英治文化賞 受賞者資料, 2026.
